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平成琴姫『桃屋マミ・沙月美祐 卒業メモリアルLIVE』ライブレポート「3人の花道」


今回はサプライズとして、全国各地の衛兵から今までの活動を労う言葉が収められたビデオレターそして花束のプレゼントがあった。これには、メンバーも驚き、思わず涙が溢れていた。涙を堪えながら、メンバーは今回の卒業についてこう語った。

桃屋「5年前の6月7日に琴姫のオーディションを受けたんです。それで、私以外に女の子が4人、その中の1人がちぃちゃん(桜羽るか)。でも、(アイドルが)未経験な子達ばっかで、この子達で琴姫やっていけるのって、本当不安ばっかで、それで、私たちとちぃちゃん以外の子はすーっていなくなっちゃって。私とちぃちゃんは絶対、このグループに入ったら良い事があるから、絶対がんばろうね、絶対何があっても辞めないでおこうねって言って。もう辞めない!って思って頑張ってきて。私、これから、琴姫としてがんばろう、いっぱいたくさんの人を楽しませようって、楽しませたいし、笑顔にしたいって思ってたんです。でも、ライブを続けてて、“桃屋、お前いらねぇよ”とか“黄色抜けたほうが売れるんじゃね?”とか言う人がいたんです。本当に悔しくて、悔しくて。でも、こうやって言われるのは、私に非があるからで、だからこうなったら見返してやるために、頭良くなって、それでテレビにでたり、色々がんばればいいんだって思って、がんばりました。がんばって、がんばって、がんばったら、がんばった分だけ、ファンの方って付くんですね。でも、本当に心より元気でた、笑顔になった、本当にありがとうって言われるようなパフォーマンスをしたくて、私は他のボイスレッスンを受けてました。本当、みぃたん、ゆいたんに追いついて追いついて、みんなの足を引っ張らないように、がんばろうがんばろうって。でも、私、歌じゃないなって思って。もう、琴姫で学ぶことはもうなくて、次、自分自身で自分のレールを敷きたくなったんです。……私、……イラストを書きたくなったんです!イラストレーターになりたくて、絵本が出したくて!それで、小さい子たちを絵本で笑顔にしたいなって思ったんです。で、絵描いて、みんなを元気になれるイラストレーターになりたいなと思ったから、そっちの夢の方が大きくなったから、平成琴姫で学んだことを糧にして、そっちに行こうと思ったんです!だから、ここに応援してくださった、みなさま、ありがとう。」

沙月「私は正直、元々アイドル志望ではなかったので、アイドルがどんな世界なのかって言うことに不安と期待がいっぱいで。平成琴姫、どんなことを一緒にやっていくんだろう、受け入れてもらえるのかなって、でも、すごく明るく受け止めてくれて。私、よく唯に言ってたんですけど、“この4人だったら絶対に売れると思うんだよね”とか言ってて、最初の方、ずっと言ってたんですよ。それぞれの4人の個性とかが温かくて。正直、アイドルには自分、今でも向いてないと思うんですよ。でも、その中で、4人だったら、凄いがんばろうって思える力が沸いてきたって事は、やっぱりこのメンバーだからこそ、巡り合えたものがあったんだなって思って。その中で、るかの脱退がありまして。実は、るかが何かを悩んでいるんだろうなっていうのをメンバーも気づいてたし、力になろうといっぱい手も差し伸べたりもしてました。私が1回、卒業してしまうちょっと前にるかをご飯に誘ったんです。そこで、少しは助けられる事があるかなって思って、色々と話あったりとか、何かあったら言ってねって事を伝えたんですけど、結局、るかが辞めてしまったんで、力になることが出来ませんでした。だから、私は他のメンバーにもそういう気持ちにならないようにと、みんなの癒しになれたらと思って、みんなの事を見てました。でも、ももちゃんにリーダーとしての負担は背負わせてしまってて、辛い思いもたくさんさせてしまったと思うし、今回の卒業ということで、唯にも寂しい思いをさせてしまったし、みんなに正直ごめんなさいっていう気持ちが多いんです。でも、最初、絶対この4人でって思ったんだけども、時間が経つとともに琴姫の環境も段々変わってくるっていうこと、現実を知りました。そして、琴姫として、私との方向性が違うっていうことも1年前ぐらいから感じました。3周年を迎えて、改めて自分の道を聞かれたときに、じっくり考えて、私は卒業するって事を決めました。私は好きなアニメから曲が流れたら嬉しいなって夢を持っていました。この卒業宣言してから1ヶ月ぐらい、たくさんの方が会いに来てくださって、今こんなにも卒業するっていう私たちのために集まってくれて、だから、私はちょっとアイドルという肩書きにごめんなさいって言いたいです。自分には向いてないとか、すごい卑屈になってて。けど、これで自分がここにいるからこうやってみんなと出会えたし、支えてもらって、自分が成長できて。私は自己表現がへたくそだけども、それでも、美祐が好きだよって推してくれてるみんながいてくれたから、本当に心の支えになりました。人生何があるか分らないです!だから、もう自分の感じてやりたいことをやろうと思いました!だから、本当に1回きりだと思うんです!私がここに立っているのが奇跡で、もうこの時間戻ってこないし、今日だけで終わっちゃうから、もう誰に何を言われようが、私は自分の道を貫きたいと思います。やりたいことをやって、いつか胸を張って、琴姫が、こんなにも私を成長させてくれたから、ここまで来れたんだって事を伝えていきたいと思います。絶対帰ってくるので、がんばるので、みなさん、どうかこれからも私の新しい人生も応援してください!本当に3年間ありがとうございました!」

かとう「今日は、イシカワ先生と私が一番やりたくなかったライブの日です。ももちゃんとみゆの卒業発表、ステージが始める前に、ステージの袖に私は行ってみました。そしたら、イシカワ先生が泣いていました。イシカワ先生が泣いているのを見て、私が強くならないといけないって思いました。強くなって、自分のやるって決めた平成琴姫を最後まで守らなきゃいけないって思いました。初めのワンマンライブはデビューして2ヶ月ぐらいで行われました。小さめの会場だったんですけど、衛兵さんは12~3人ぐらいで、そのうち2人が三重県の親戚のおじさんとおばさんでした(笑)それで、週に1回ペースのライブが、週6に変わりました。週6回もやってれば、衛兵さんが1人の日もありました。でも、たくさんライブをさせていただいて、ももちゃんが『銭形金太郎』っていうゴールデン番組に出てくれて、一気に知名度が上がって、Twitterのフォロワーが一気に2~300人も増えて。ももちゃんは、いっつも人のことばかり褒めてます。いっつも“ゆいちゃんは…”とか“みゆちゃんは…”って人のことばかりで、自分のこと全然出さないけど、一番がんばってました。ももちゃんは平成琴姫の顔でした。ももちゃんがいなかったら、どこのライブハウスでも絶対に平成琴姫の爪あとを残せませんでした。一番平成琴姫で個性が強くて、みなさんの印象に残っていた存在だったと思います。そんな、ももちゃんと一緒に活動が出来たことを本当に嬉しいと思ってあります。ももちゃん、ありがとう。みゆは、名古屋で一緒にビアガーデン“マイアミ”っていう所でキャンペーンガールをやってました。初めて出会ったときは、4年前でオーディション会場ですぐ友達になったので、この子と4年間も今後活動していくなんてその時は想像つかなかったけれど、みゆがいなかったら私は東京に行く決心がつかなかったと思います。4年間も一緒にいたら、ずっと仲がいいなんてそんなことはありません。だから、私はみゆに凄く冷たい態度をとっていた時があったと思います。逆に、私もみゆに嫌われてるんだろうなって思って会話も減ったこともありました。だけど、一緒に夢を叶えたい、こんなんじゃ、チームワークも揃わないと思って、みゆにお手紙を書きました。そしたら、みゆもすぐにお返事をくれて…そうやって4年間一緒にみゆとの関係を作ってきました。みゆは平成琴姫の歌姫です。みゆの歌声がなかったら、平成琴姫は歌がうまいねって言われなかったと思います。絶対に、どんなことも疎かにしないし、本当に平成琴姫の癒し系担当でみんなのことを常に見てくれていました。みゆと4年間一緒にいたので、お別れするのが本当に寂しいです。本当にありがとう。私は、これから平成琴姫を続けると言ったので、1つだけ決めたことがあります。今まで3年間応援してくださった衛兵さんに恩返しするつもりで、まずは、みんなにありがとうっていう気持ちをこめて、恩返しをするつもりで、新生琴姫としてがんばります。そして、みゆとももちゃんがそれぞれ活動していったときに、“元平成琴姫の沙月美祐です、桃屋マミです”っていう時に、誰もが知っているような平成琴姫というグループを作るのが私の夢です。私もライブを1回だけしか休んでないので、誰1人かけてもできなかったっていうことを一番知ってます。だから、ここまで一緒に活動してきてくれた、ももちゃんとみゆに本当に心からありがとうって言いたいです。そして、こうやってお会いしてくださった衛兵様にも、ももちゃんとみゆの事も応援して欲しいし、もちろん、平成琴姫のこともこれから全力で支えて欲しいと思ってます。今日は寂しいけれども、みなさんと一緒に笑顔で見送りたいので、最後までみんなで楽しんでいきましょう。今日は本当にありがとうございました。」

1人1人の言葉を1つ1つ噛み締めながら聞いていくメンバーと衛兵。今後の明るい未来のために歩いていくことを決意した3人は美しく綺麗に見える。

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